日本の美術館の所蔵品から、今日の一枚

大正時代、原宿の道は土舗装だった。/岸田劉生の『冬枯れの道路』新潟県立近代美術館

『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
岸田劉生『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
大正5年 油絵 60.5×80.0cm 新潟県立近代美術館

絵画作品の中には、美的な価値だけではなく、歴史資料的な価値も持つものがある。新潟県立近代美術館に所蔵される岸田劉生の『冬枯れの道路(原宿附近写生)』もそんな一枚かもしれない。大正時代に活躍した洋画家の岸田劉生(明治24年-昭和4年)による風景画で、東京の原宿付近にある坂道を描いている。まだコンクリート舗装がない時代だったので、道路の土はむき出しのままだ。今日の原宿の風景からは想像することが難しいほど素朴な景色で、あたりに建物なども一切見当たらない。

ちなみにGoogle Mapで現在の坂道付近の様子を見てみると、所狭しとマンションや住宅が立ち並んでいる。同じ坂道であっても、かつての面影は残らない。

現在の東京の原宿の坂道

この絵は当時の原宿の様子を伝える点で興味深いが、「風景画」としても一風変っている。一般的な「風景画」は、ある程度遠くから眺めた景色を絵にする。ところがこの絵で劉生は、かなり近づいた位置から坂道を眺めて、それだけをキャンバスに描いた。

『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 。
岸田劉生『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
大正5年 新潟県立近代美術館

例えば、代表的な風景画家の一人であるイギリスのジョン・コンスタブルの絵を見てみると、離れた所から眺めたイギリス・サフォーク州のストゥール川の景色の一部を切り取って絵にしている。まさに典型的な風景画。

風景画家のジョン・コンスタブルが描いた『ホワイトハウス』
ジョン・コンスタブル『ホワイトハウス』1819, Frick Collection

一方の劉生の絵を見ると、原宿の坂道がドンと目の前に描かれていて、キャンバスの大半を占めている。絵の主役はこの坂道だ、といわんばかりだ。

『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
岸田劉生『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
大正5年 油絵 新潟県立近代美術館

この時期、劉生は草土社という美術グループを作り、郊外へ写生をしに出掛けては、褐色の土や草を好んで描いた。例えば重要文化財『道路と土手と塀(切通之写生)』(東京国立近代美術館蔵)も同じく原宿の坂道を題材にし、土舗装の坂道や土手の草を描写している。

新潟県立近代美術館所蔵の『冬枯れの道路(原宿附近写生)』と同時期の東京国立近代美術館に所蔵の岸田劉生による『道路と土手と塀(切通之写生)』
岸田劉生『道路と土手と塀(切通之写生)』重要文化財 大正4年 東京国立近代美術館

あらためて先ほどの絵を見てみると、画家はかなり近い位置から坂道を観察し、草や土の坂道をキャンバスに緻密に写し取っている。

『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
岸田劉生『冬枯れの道路(原宿附近写生)』
大正5年 新潟県立近代美術館

近づいて見てみると、道路の固い土、土に埋まった砂利、道路脇の土手に生える僅かな緑や枯れ草の様子などが、丁寧に描かれている。

『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 の一部。
『冬枯れの道路(原宿附近写生)』の一部。
固い土や土に埋まっている砂利。
『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 の一部。
『冬枯れの道路(原宿附近写生)』の一部。
僅かに生える草。
『道路と土手と塀』と同時期の新潟県立近代美術館所蔵の岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 の一部。
『冬枯れの道路(原宿附近写生)』の一部。
土手の枯れた草や土の様子。

緻密で写実的な描写は、この時代の劉生作品の大きな特徴の一つでもある。例えば大正10年制作の『麗子微笑』は教科書にも載る有名な作品だが、毛糸で編まれた麗子の肩掛けが丹念に描き込まれている。

 東京国立博物館の所蔵の岸田劉生による『麗子微笑』
岸田劉生『麗子微笑』
(重要文化財)大正10年 東京国立博物館
『麗子微笑』の一部。毛糸の肩掛けの編み目が丹念に描き込まれている。

坂道を描いたこの作品は、もともと近現代美術のコレクターとして知られた新潟の実業家の駒形十吉(明治34年-平成11年)が、社長をしていた大光相互銀行(現在の大光銀行)の資金力を元に収集した通称「大光コレクション」と呼ばれた美術コレクションの中にあったものだ。

現在の大光銀行(旧、大光相互銀行)の本店。新潟県長岡市内にある。

駒形は同作品も含めてコレクションを展示するため、昭和39年に日本初の現代美術館となる長岡現代美術館を開館させた。現代美術があまり知られていない時代に、とても先駆的な試みだった。ところが昭和54年、大光相互銀行が乱脈融資事件で経営難に陥ると、美術館は惜しまれつつも閉館となる。コレクションも各地の美術館へ売却などされて散り散りとなる中、同作品は新潟県立近代美術館の所蔵となった。

岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 も所蔵されていた長岡現代美術館
日本初の現代美術館であった長岡現代美術館の展示風景。(wikipedia)

もし新潟県立近代美術館に立ち寄る機会があったら、「大光コレクション」の名品の一枚であり、かつての原宿の姿を伝える写実性をめた『冬枯れの道路(原宿附近写生)』をじっくり楽しんでみたい。

岸田劉生による『冬枯れの道路(原宿附近写生)』 を所蔵する新潟県立近代美術館
新潟県立近代美術館 (wikipedia)

✎著/ 種をまく https://www.tane-wo-maku.com

松本市美術館
新潟県長岡市千秋3丁目278-14
https://kinbi.pref.niigata.lg.jp/
・バス
長岡駅大手口8番線から中央環状線「くるりん」内回り「県立近代美術館」下車(乗車約15分)すぐ又は、長岡駅大手口2番線からセンタープラザ・日赤病院方面行「日赤病院前」下車(乗車約15分)から徒歩5分
・車
関越自動車道:長岡I.Cから約10分/北陸自動車道:長岡北S.I.Cから約10分
・タクシー
長岡駅大手口から乗車(約15分)

参考「大光コレクションの形成について」松本 奈穂子 https://banbi.pref.niigata.lg.jp/wp-content/uploads/19matsumoto.pdf


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